TRY AND ERROR

自宅NOCオペレータの運用備忘録。

フレッツ光の最近の品質の話

 NTT東西の提供するFTTHサービス「フレッツ・光ネクスト」では、「IPv6オプション」を利用(IPv6オプションは2012年のある時期以降に新規開通した回線ではデフォルトで利用可能な状態になっている)することにより、NTT東日本、NTT西日本それぞれのエリア内でインターネットを経由しないフレッツIPv6網内折り返し通信が可能であることは、本ブログの読者の多くはご存知かと思います。

 IPv6網内折り返し通信は、遅延やパケットロスが極めて少ないことや、PPPoEでのインターネット接続と比較して、スループットが高いこと、ISP契約が不要であることなどにより、安価で高品質なベストエフォートなVPN構築用回線として利用されることがあります。AS59105(HOMENOC)でも、拠点間の回線は Ether over IP トンネルやGREトンネルなどをIPv6網内折り返し通信の上で構築して利用しています。

 しかし昨今、地域や住所によっては輻輳によるものと思われるパケットロスや遅延が多発しているケースがあるようです。AS59105(HOMENOC)で利用している複数拠点間で計測を行ったところ、興味深いデータを得ることが出来ました。

1. 計測方法

 3拠点にフレッツIPv6網のIPv6アドレスを設定した計測端末を各拠点に設置します。各拠点の回線終端装置はHGW無しでLayer2スイッチに接続されており、そのLayer2スイッチの1ポートが計測端末に接続されています。

 計測端末からは他の拠点の計測端末を宛先として、一定のレートで常時計測用トラフィックを印加します。宛先の計測端末では受信する計測用トラフィックのロス率を測定して記録します(グラフ1つで片方向の測定になります)。

 各拠点のフレッツ回線の地域やVNEなどは以下の通りです。

 拠点1 : 東京都内、フレッツ光ネクスト(マンション内)、VNEマルチフィード
 拠点2 : 東京都内、フレッツ光クロス(データセンタ内)、VNE朝日ネット
 拠点3 : 神奈川県内、フレッツ光ネクスト(マンション内)、VNE朝日ネット

2. 計測結果(2021/5/16 0:00 ~ 2021/5/17 0:00 のデータ)

上記の24時間のトラフィックのロス率の結果のグラフをまとめます。

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グラフ1 : 拠点2 to 拠点1

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グラフ2 : 拠点3 to 拠点1

グラフ1とグラフ2を見ると、拠点1むけのトラフィック(拠点1から見た下り通信)で終日に渡ってロスが発生していることが分かります。特に夕方~深夜に掛けての時間帯はロス率が0.1%~0.3%とより大きくなっています。

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グラフ3 : 拠点2 to 拠点3

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グラフ4 : 拠点1 to 拠点3

続いて拠点3むけのトラフィック(拠点3から見た下り通信)です。こちらも午後~深夜に掛けてのロス率が上がっておりグラフ1とグラフ2と酷似した傾向を示しますが、ロス率は0.1%に達しておらず、拠点1よりは安定していることが分かります。

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グラフ5 : 拠点1 to 拠点2

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グラフ6 : 拠点3 to 拠点2

続いて拠点2むけのトラフィック(拠点2から見た下り通信)です。こちらでもロスは発生していますが、0.001%~0.008%と非常に少なくなっています。

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グラフ7 : 拠点3 to 拠点1 (平日)

最後に、拠点3から拠点1の平日のグラフです。平日の場合は、昼頃~午後3時頃に掛けてもロスが増加する時間帯がある傾向があり、どの日も同じような傾向が出ています。

4. 考えられる原因

 フレッツ・光ネクストでは1本の光ファイバの芯線(1.25Gbps)をNTTの収容局内で4分岐、電柱などの屋外スプリッタで8分岐、8x4=32分岐してユーザを収容する構造となっています。最大32ユーザで1.25Gbpsの帯域を共有する構造となっており、単純計算で1人あたり39Mbpsとなります。(これをシェアドアクセス方式と呼びます)

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フレッツ光のシェアドアクセス方式

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光クロージャ(このような筐体の中にスプリッタが入っている)

 そのため、同じ芯線に収容されているユーザで同時に多くの通信(主に下り通信)が発生したことにより、輻輳が発生し、それによりロスが発生しているものと思われます。多くの人が家でインターネットを利用するであろう夜間に、平日の場合はそれに加えてテレワークなどの関係と思われる日中の時間帯である午前11時頃~午後3時頃にロス率が高くなっています。

 一方、拠点2の下り通信では殆どロスが発生していません。これはフレッツ光クロスであること(サービスが開始されて日が浅く同一地域でユーザ数が少ない)や、データセンター内でのスプリッタ分岐になっており、同一データセンター内でのユーザ数が少なかったり、1ユーザあたりの通信量が少ないと思われます。

 上記はあくまで仮説ではありますが、計測結果を見る限り大きく外れていないのではと思っています。

 ちなみに、屋外スプリッタでの分岐後は光の減衰などによりケーブルが伸ばせる最大長は限られてくるため、必ず8分岐が全て埋まっているという訳ではなく、人家が疎らに点在している地方、一戸建ての多い住宅街でなどでは全ての分岐が埋まっていないケースもあると思われ、輻輳も少ない可能性があります。一方集合住宅は狭い面積に多くの世帯が密集しており、相対的に8分岐が全て埋まる可能性も高くなります。

 住む住宅や地域を変えることである程度改善はするかもしれませんが、何れにせよどの芯線を引くかは分からないので、運次第になってしまうのが難しい所です。

5. 終わりに

 今回の検証結果の傾向と仮説で考える場合、一昔前のようにフレッツIPv6網内折り返し通信は速くて安定していると一概に言えなくなっているでしょう。総務省の公開している「我が国のインターネットにおけるトラヒックの集計・試算」を見ると本邦のインターネットトラフィックは増加を続けており、当面解消は難しいと考えられます。

 回線サービスを提供する通信キャリアは、1本のファイバに複数のユーザを収容することでコストを下げるビジネスモデルになっています。そのため、サービス仕様に起因するものであることから、ユーザ側から技術的に解決することは難しく、もっとも効果的な解決方法は「お金を掛ける」ことになります。例えば、フレッツ光の「ビジネスタイプ」は月額45,000円掛かりますが、スプリッタでの分岐無しで1本の芯線を占有することができます。(これをシングルスター方式と呼びます)その他にも、帯域が保証されている専用線サービスや、ダークファイバを利用した伝送網の構築も選択肢ですが、さらに多くのコストが掛かります。

 AS59105(HOMENOC)では一部区間にダークファイバを利用した回線の導入などを始めていますが、非営利団体であるため投資できる金額が限られているためフレッツIPv6網内折り返しの品質低下は大きな悩みの種になっています。当面はモニタリングを続けながら品質の悪化の大きな拠点に流すトラフィックの流量を下げるなどの消極的な対応が続くことになりそうです。